「あっ」
小さく声をあげたのはリカだ。
新同盟軍の本拠地、うららかな陽光がそそぐレストランのテラスでのことだった。
「何? リカ」
テーブルの上には、午前にマコトが吊り上げた魚が三匹。
ひらきにして焼かれた魚は湯気を立てながら、食されるのを待っている。
右手に箸、左手に小皿ですでに戦闘体勢のマコトは、テーブルの上に両手をおいて難しい顔をしているリカにたずねた。
「俺、箸使えないんだよね」
「え、うそっ」
ひらきにされたその魚は、適度な脂の乗りと淡白な味、そしてひらきにしたときの骨のとりやすさ…つまり、とっつきやすさで、デュナン湖一帯では特にポピュラーな魚だ。
物心つけば誰もが一度は食べたことがある。
しかし、リカの告白はマコトの理解の範疇を超えていた。
「何で!?」
「何でって…あんまり使わないし」
そうなのだ。
箸を使う食文化を持っているのはデュナン湖直近の地域とハイランドの一部だけで、他の地域では箸を使いこなせるところは少ない。
とはいえ、その一部の地域で育ったマコトにとっては寝耳に水の話である。
「ええ、じゃあどうやってご飯食べるのさ?」
「フォークとか。 スプーンとか」
「あ、そうか」
箸が使えずとも飯は食える、というところにようやく行き着いたマコトであった。
「でも、どうする? フォークもらってこようか?」
「ん……」
しばらく思案気にしていたリカだが、決心したようにうなずいた。
「箸で食ってみよう」
「え、でも使えないんじゃ」
「いや、使い方自体は知ってる。 がんばる」
「…あ、そう…。 いいなら、いいけど」
チャレンジ精神旺盛なのはいいが、食事ごときにこれほど真剣にならずとも…と思うマコトだったが、リカが一生懸命箸を持とうとしているのを見ると、何もいえない。
というかむしろ、面白い。
と、それまで黙って二人のやりとりを見ていたユキが、初めて口をはさんだ。
「リカ、違うぞ。 上の箸は鉛筆と一緒」
「え? こう?」
「うんそう……だけど下の箸は薬指の先で固定するの。 で、動かさない」
「え? え?」
言われるままに懸命に持ち方を直すリカだが、いざ動かそうとするとうまくいかない。
こらえきれず、マコトは噴き出した。
「不器用だなあ」
「うるさいな! 普段使わないんだから、仕方ないだろ!」
負けん気の強いリカはますます躍起になってしまう。
リカが食事以前の段階に手をとられている間に、マコトはリカの分まで、開いた魚の骨をとってしまった。
気付いたリカが、あー!とマコトに食って掛かる。
「俺がやろうと思ってたのに!」
「だってこれ楽しいじゃん。 おっ先ぃ」
「わーくそー! 理不尽だー!」
「はいはい、よそ見しない。 箸が落ちるぞ」
ユキの冷静な突っ込みにリカがわたわたと箸を持ち直す。
珍しくリカを手玉にとっている気分で、マコトは笑いが止まらない。
「…くそ……なんでユキはそんなにうまいんだよ!」
トランと同じく、群島にも箸の習慣はない。
それなのに、ユキの箸の持ち方はお手本のようにきれいで、豆のような細かいものもひょいひょいと簡単そうにつかんでみせる。
ふてくされたリカが矛先をユキに向けると、ユキはにっこりと微笑んだ。
「170歳ですから」
「…年の功かよ! 納得いかん」
それでなくても、ユキは器用だ。 きっと、いつの間にか覚えてしまったのだろう。
「よし、決めた。 戦争終わるまでに箸使えるようになる」
またリカのくだらない(というと本人は怒る…)目標が増えた、とマコトは苦笑した。
コツ教えてよじいちゃん、とユキに向かって言ったリカの頭に、誰がお前のじいちゃんだ!とユキの手刀がヒットした。