* * *
何者かが動く気配を、ウォーリア・オブ・ライトは敏感にとらえた。
一人で行動している己は、イミテーションたちにとっては格好の標的だ。 いや、たとえ複数でかかってこられたとしても、模造品ごときに引けをとることはない。 だが、複数で行動している者たちよりも狙いやすいのは確かだった。
静かに、物音を立てないように、そっと近寄る。 そして、ふっと肩の力を抜いた。
これは、光の気配だ。 カオス側の勢力の持つ、まがまがしい気ではない。
相手はずっとその場に静止し、こちらに気がついた様子はない。
渓谷の大きな岩を回り込むと、姿が見えた。 銀色の鎧。
「セシルか」
「…ウォーリア!?」
弾かれたようにこちらを振り向いた、彼の手に輝くもの。深い群青色の鉱石。
「…クリスタル…。 手に入れたのだな」
「…ええ」
ウォーリアの記憶が正しければ、セシルはティーダやフリオニールとともに行動していたはずだった。
それを尋ねると、彼は少し笑って、ティーダに促されたのだと言った。
「兄が…ゴルベーザが、僕に会いに来ました。 クリスタルの秘密を知りたければ、追いかけてこいと言って」
「…会えたのか」
「ええ。 いろいろと…ありましたけど」
「…そうか…」
ほんのりと微笑むセシルの表情は、穏やかではあるがどこか憂いを含んでいる。
無理もない。 血を分けた実の兄が敵方に回っているのだ。 彼と対峙することを、セシルは決して望んではいなかっただろう。
「…ウォーリア」
焚き火を見つめていたウォーリアは、声音が変わったことを感じ取り、セシルのほうを見た。 セシルの顔からは、微笑みが消えている。
「あなたは以前、僕にこう言いました。 『兄はこの世界の何かを知っている』と」
「……」
「…確かなことが言えるわけではないけど…。 確かに兄は、カオスのものとは違う、独自の思惑を持って動いている気がします」
セシルがかざした手に、さきほどウォーリアも目にしたクリスタルが再び現れる。
移りこむ自分を見つめながら、セシルは考えを整理するように、ゆっくりと話し続けた。
「僕に対しても、ただカオスの駒として敵対するのではなく……まるで、僕をクリスタルまで導こうとしたように、感じました」
「…そうか」
「…もしかしたら、それもカオス側の策略の一部かもしれないけれど…」
「…いや。 君の兄は、君まで心から騙すような男では、ない」
「えっ?」
意外そうに、セシルが目を瞬く。
「直接剣を交えたわけではない…が、そう感じた」
「そう、ですか」
「策略というのなら、皇帝あたりと結託はしているかもしれないが…結果的には、君を助けたのだろう」
「…はい」
「彼は…手段はどうあれ、我々を間接的に援助してくれている。 …そんな気がする」
クリスタルと焚き火、そしてセシルを交互に見つめながらそう言ったウォーリアをまじまじと見たあと、セシルはふと、微笑んだ。
ほころぶようなその笑みに、ウォーリアがわずかに首を傾げると、笑われていることを不審にとったと思ったのか、セシルは慌ててすみません、と顔を背けた。
「…いや…。 なにか、おかしなことを言っただろうか」
「いえ、そうじゃなくて…なんだか、嬉しくて」
「嬉しい?」
「はい」
無言で先を促す。 セシルは微笑みながら、焚き火へと視線を動かした。 ゆっくりとした動きにあわせて、銀髪を飾る宝飾がかすかに音をたてた。
「兄は…ゴルベーザはカオスの一員です。 安易に信用してはいけないと…そう言われることも仕方ないと思っていました」
「…そうか」
「それも、そのとおりなんですけど…でも僕は、甘いといわれても、やっぱり兄を信じたかった」
「……」
「あなたにそう言ってもらえると、なんだか救われます。 兄が単なる暴虐の徒ではないのだと、言ってもらえているようで」
「…そうなのだろう?」
「はい…少なくとも、僕はそう信じています」
しっかりとうなずくセシルの目に宿っているもの。 それはきっと、カオスとコスモスの相容れぬ溝を知ってなお、揺るがない兄への信頼なのだろう。
兄がカオス側に召還を受けたときいたとき、彼が少なからず動揺していたことを、コスモス側の戦士たちの何人かは知っている。
それで彼の離反を疑うほど、コスモスの戦士たちの信頼はもろいものではなかったが、いざ兄と対峙したときに彼がまともに戦えるかどうかは、ウォーリアも危惧していたことだ。
ティーダのように反発するのではなく、戸惑いのほうが先に立っていた、その彼が、迷い抜いた末に手にした決意。
「…君は、強くなったな」
「…え?」
「君のほかにも、すでに何人かがクリスタルを手にしたと、コスモスが教えてくれた。 クラウドや…オニオンナイトが」
「クラウドが? そう…じゃあ、彼は答えを見つけたのかな」
「答え?」
「ええ…彼は、誰かに与えられたものじゃない、自分自身の戦う理由を求めていたから…戦いを終わらせるとか、そういう漠然とした理由しか持っていなかった僕たちじゃ、彼が納得できる答えはあげられそうになくて」
「そうだったのか…」
クリスタルへの道のりは一様ではない。 自分自身の迷いや因縁を断ち切り、揺るがぬ想いを手にしたとき、クリスタルはその人の前に輝くという。
おそらくクラウドは、何らかの理由を見出したのだろう。 道を切り開くための、己が戦い続けるための。
ふと、彼の宿敵であった男の言葉が脳裏によみがえる。
永劫の戦いを望む、閉塞した存在。 あの男が自分がそうであると認めたうえで、ウォーリアにもそれが相応しいと言った。
光の戦士の中で、唯一自分の名前の記憶すら持たない。 自分がなぜ、あの男と戦うさだめにあるのか。 それを、ウォーリアは知らない。 こうして世界が崩壊し、一人進むウォーリアの前に現れた、カオスの駒たち。 彼らと剣を交えるまで、何故と考えることもなかった。
「漠然とした理由、か」
「ええ…僕には今でも結局、具体的な理由とかは、思いつかないんですけど…」
「いや。 …私も、同じだ」
「え?」
「私は…宿敵である奴の名前以外、何も覚えていない。 …自分の名前でさえも」
「…ウォーリア」
「奴との因縁がいったいなんなのかも、わからない。 ただ、この戦いを終わらせるためには、クリスタルが必要だと、そのことだけをずっと考えていた」
じっと、自分の手を見つめる。 記憶のない自分の手。 この世界に呼ばれる以前、自分はいったい、どこで何をしていたのか。 断片的にでも、それを知っていた他の戦士たちとは違う。 剣を振るう術以外、何も覚えていない手。
「…セフィロスが言っていた。 私は、終わらぬ戦いを望んでいるのではないのかと」
「…そんな…」
「無論、私にはそんなつもりはない。 だが…」
戦う己が揺らがぬ理由。 それは、揺らいだときにすがるものが何もないからだ。
迷いがないことと、視野の狭さは、ときに紙一重で存在する。 セシルのように使命と情の間で揺れ動き、それを受け入れた上でなお進む強さは、おそらくいまの己には、ない。
「私は、戦う以外に進む方法を知らない。 進むことしか知らない私のやり方は、見ようによっては、いたずらに剣を交えているのと、同じことなのかもしれない…と」
「ッ、そんなことはない!」
ウォーリアの独白を、セシルが強い口調で遮った。 戦いの最中以外はほとんど聞いたこともないその声音に、ウォーリアは少し目を瞠った。
ずっと視線が落とされたままのウォーリアの手を、セシルがそっと取った。
「あなたは、世界が形を失って戸惑っていた僕らに、最初に道を示してくれた人だ。 自らの信じるものを貫けば、必ず道は開かれると」
「……」
「あなたの剣は…あなたの手は、やみくもに人を傷つけたりはしない。 戦いそのものにしか意味を見出せないような、そんな人じゃないってことは、僕たちが一番よく知ってる」
「…セシル…」
「悩んでばかりの僕が言うのでは、説得力がないかもしれないけど……でも、あなたの進む道は間違ってなんかない。 僕はそう、信じてる」
暖かいセシルの手が、ウォーリアの手を包む。 その暖かさに、迷っていたのか、と、そのとき初めて、ウォーリアは思った。 進む以外に道はないと、それを知っていても、人は思い悩み、足を止めてしまうことがある。
迷うことそのものは、悪ではないけれど。 それに囚われて、自らに課された使命から目を背けることだけは、絶対にしてはならないことだった。
カオスの駒たちの姦策など、歯牙にもかけていないつもりだったが。 知らない間にまとわりついて、心を曇らせていたようだ。
自覚さえしていなかった心の中の暗い何かが、溶かされていくような気がした。
思わず、息をついた。 目の前のセシルは、おそらく自分よりもずっと悲しげにしている。 他人の痛みを知る、優しい騎士。
「…君は、やはり強い」
「…え?」
「本来ならば、私こそ皆を勇気づけなければならないのに…。 私がこうでは、皆にあわせる顔がないな」
覚えず、微笑みさえも口許に浮かんでいた。 珍しいそれにセシルは一瞬目を見開き、ついで同じように笑った。
「…そうだよ。 あなたは、僕たちのリーダーなんだから」
「そうだな。 …少し、疲れていたようだ」
「うん…。 でも、あなたでも悩むことがあるなんて。 不謹慎だけど…なんだか嬉しいな」
「…それは、どういう」
「ごめんなさい、変な意味じゃなくて…」
ウォーリアも、記憶がないだけで立派な人間である。 悩み事がまるでないように見えるというのも、それはそれでいささか不本意ではあった。
思わずむっとして反論しようとすると、セシルは笑顔のまま手を振った。
「支えられるだけじゃなくて、あなたを支えることができるんだって」
「…む」
「ウォーリアは、思っていても抱え込んでしまいそうだから…話してくれて、嬉しかった」
「…そう、か」
素直なセシルの言葉は、ことのほか面映い。 どういう顔をしていいかわからず、ウォーリアは焚き火へと目をそらすことで、それを紛らわせた。
笑みを湛えたまましばらくウォーリアを見つめていたセシルが、そろそろ寝なくてはね、とぽつりと言った。
「そうだな。 先に休むといい、私が番を――」
「だめだよ。 さっき自分でも言ったじゃないか、疲れているみたいだ、って」
「…それは、そうだが…それとこれとは」
「いいから。 僕なら大丈夫だから。 安心して、ゆっくり休んで」
渋るウォーリアだが、セシルも退くつもりはないらしい。 その上言質をとられて不利なウォーリアは、結局セシルに言い負かされて先に眠ることにした。
「無理はするな。 時間になったら――」
「わかってる。 もう…意外に口うるさいんだね」
「……」
軽い冗談のつもりだったのだろうが、まさか生真面目なセシルが言うとは思わず、ウォーリアは言葉に詰まる。
いったい自分がどんな顔をしたのか、ウォーリアにわかるわけもなかったが、それを見たセシルが思わず、という風に笑い出す。
「ウォーリアったら、そんなに驚くことないじゃないか」
「…セシル…。 君は、意外に人が悪いな」
「ええ、酷いなあ。 冗談だったのに」
「冗談だから、だろう」
「ふふ、そうかも。 …あなたとこんな風に言い合えるなんて、思ってもみなかった」
「…そうだな」
だが、悪くない。 ウォーリアは心の中で、そう一人ごちた。
最低限の鎧を身に着けたまま横になったウォーリアを、セシルの青い目が優しく見つめている。
「…おやすみ、ウォーリア」
「ああ…」
おやすみ、と返そうとして、ふと、それに気恥ずかしさのようなものを覚えた。
ずっと、一人でいたからかもしれない。 こうして、何気ない挨拶をする相手など、久しくいなかった。
言いよどんだウォーリアを不思議に思ったのか、セシルは首を傾げているが。
「…おやすみ。 セシル」
「…うん」
いちいちそんなことまで報告したら、今度こそ本当にからかわれてしまうだろう。
ほんの少し身構えて口にしたウォーリアに気づいているのかいないのか、セシルは嬉しそうにふわりと微笑んだ。
目を閉じてからまどろみに落ちるまでは、ほんのわずかだった。 すぐに身を包みだした心地よい眠気に身をゆだねながら、ウォーリアは思う。
背中を預ける相手を探すべきだと、あの若者に言ったのは自分だったが。
それを本当に欲していたのは、自分だったのかもしれない、と。
* * *
いろいろぶち壊す考察:
1.「最初に道を示してくれた」=チュートリアル的な意味で
2.セシルはWoLに対しては敬語なんだかそうでないんだか微妙な感じ
3.WoLに「おやすみ」を言わせるのに照れたのはわたし