「フリオニール…!」
帰ってくるなりわっと抱きついてきたセシルに、フリオニールはたたらを踏んだ。 セシルのほうが歳は上だが、普段の生活では兄と弟の関係がほとんど逆転している。 それはフリオニールがこの家の「おかん」だからであり、セシルがフリオニールにことのほか「懐いている」からでもあった。
「おかえり、セシル。 どうしたんだ?」
とりあえずよしよし、と背中と頭を撫でながら、フリオニールは訊いた。 何か、仕事でいやなことでもあったのだろうか。
「ウォーリアにアナウンス聴かれた…!」
「…へ?」
どうしよう恥ずかしいから絶対聴かれたくなかったのになんで先に言ってくれなかったんだろうああもう僕ウォーリアとどんな顔して会えばいいと思う仕事の顔と家の顔とぜんぜん違うって自覚があるからどっちの顔していいのかわかんなくなっちゃった!
うわぁん!と半べそをかいているセシルに、とりあえず落ち着かせようということで、フリオニールはしがみついているその身体をひっぺがしてこたつに座らせた。 手早くココアを入れて、甘くして差し出すと、おとなしくそれを啜り始めたので当面はよしとする。
「…その話なら、ウォーリアがしばらく前にここでしてたぞ」
「ッ!!」
隣にもぐりこみながら何の気なしにそういうと、セシルは盛大にむせた。 いちいちリアクションがでかい。 二回目、と思いながら咳き込むセシルの背をさする。
それは、するだろう。 クールなようにみえて、ウォーリアは弟妹を全員目に入れても痛くないほどかわいがっている。 普段見られない、弟が立派に働く姿なぞ見たら、嬉しいに決まっている。 弟たちへのいい土産話にもなると思っていたのだろう。 事実、オニオンやらジタンやらバッツやら、その話を聞いた面子は大喜びだった。
「は、恥ずかしいぃ…!!」
「…そんなに恥ずかしいアナウンスしたのか?」
「う、ううん、そうじゃないんだけど…!」
突っ伏したままセシルがぼそぼそというには、あれは営業用の声、だそうで。 空の旅というのは何かしら不安要素を伴うものだ。 あの独特の浮遊感がいやだという人もいる。 乗客を安心させ、長いフライトを少しでも楽しんでもらうために、セシルはよく空の下の状況をアナウンスしたりする。 普段話すのが苦手でも、仕事と割り切ってしまえば案外すらすらと出てくるもので。 しかし、それはあくまで不特定多数の誰かに向けるものだった。
いわば、スイッチがオンになっている状態。 オフのだらけた状態を知っている人間に見られるのは、セシルとしてはとんでもなく恥ずかしかった、ということらしい。
「ウォーリアは気にしてなかったけど」
「ウォーリアがよくても僕がいや!」
「なんだよ…まあそうだろうけど。 でも、俺もウォーリアの話聞いてたけど」
「聞いてたの!?」
隣に座っているから、そんな大声を出さずとも聞こえるのにと、フリオニールは若干眉をしかめた。
「お客さんがリラックスできるように気を遣った、いいアナウンスだったって言ってたぞ」
「…う…ほ、ほんと…?」
「ああ。 ミッドガルの上空で、ちょっと待機したんだろう?」
「あ…うん」
空港の混雑によって、その便はしばらく空の上で待機を促された。 そこで、夜景を見て気を紛らわせてもらおうと思ったセシルは、客室の明かりを消し、しばらくミッドガルの上空を旋回しながらアナウンスを続けたのだった。
「明かりのいっぱいついたミッドガルはすごくきれいだったし、セシルがいろいろ教えてくれるから、周りのお客さんもみんな喜んでたって」
「そ、そうかなあ…遅れちゃって、申し訳なかったから、咄嗟の思いつきだったんだけど」
「咄嗟でそれができるんだから、たいしたもんだよ」
そう言って癖の強い髪を撫でると、セシルは気恥ずかしげに目をそらした。 少しは葛藤もおさまったらしい。
自分の分のココアをこくりと飲み、その背をぽんと叩いた。
「まあ、今日はみんなに質問攻めだろうけどな」
「や、やっぱり…?」
「俺も聴きたいって、ジタンとかバッツが大騒ぎだったぞ」
「えー! い、家じゃ絶対できないのに!」
頭を抱えているセシルに軽く笑って、こたつから足を抜く。 セシルはいつも、帰ってくるときは大荷物だ。 出て行くときのスーツケースひとつに、お土産の袋がたくさんくっついてくる。 律儀に兄弟それぞれ個別のお土産を買ってくるし、ご近所さんに配るものもたくさんあった。
帰ってきたセシルがまず最初にすることは、フリオニールと一緒にお土産の仕分けをすることなのだ。
「それはともかく。 今回もたくさん買ってきたな、お土産」
「あ、うん…。 いろいろ、クラウド宛のお土産とかも頼まれちゃったし」
ミッドガルにはクラウドの知り合いが住んでいる。 セシルはミッドガルに行くとかならず彼らに挨拶をしに行っていた。
「セフィロスさんとかルーファウスさんが、相変わらずクラウドをうちによこせって」
「ああ…、まあ、クラウドは仕事できるからなあ」
クラウドの仕事はフリーの運送業だ。 手隙の時間にはいろいろ副業もこなしている。 仕事の手際には定評があるので、ほうぼうから引き抜きの話は絶えない。 それでも、自分の都合以外のことに振り回されるのを嫌って、クラウドはそれを断り続けていた。
「さ、早いこと仕分けするぞ。 もうすぐオニオンあたりは帰ってくるだろ」
「そうそう、オニオンのほしがってた本見つけたんだ。 フリオニールにもお土産あるからね」
「俺のはいいって言ってるのに」
「えっ、なんで? 僕、いつも一番にフリオニールのお土産選ぶのに」
「えっ」
こたつから這い出して、ソファの向こうの自分の荷物に手を伸ばしながら、さらりとセシルが言う。 思わず動きを止めてしまったフリオニールに、がさがさと無造作に袋を漁るセシルは気づいていない。
「フリオニールはいつも一番におかえりって言ってくれるだろ? フリオニールの料理食べると、ああ帰ってきたなあって思うし」
「……あ、ああ」
「フリオニールが家にいてくれるから、僕は何にも心配しないで仕事に行けるんだもの。 だから、フリオニールに一番喜んでほしいんだ」
セシルのおそろしいところは、こういう気恥ずかしい台詞をてらいもなく言ってのけることである。 しかもそれが柄にもなく、という感じではなくて、ほんとうに自然に見えるのだからおそろしい。 こういうことをやらせたら、ウォーリアと張るだろう。
年頃の少年でもあるまいに妙にむず痒い気分になって、口をつぐんだフリオニールの耳に、あった!とセシルの明るい声が聞こえた。