「…殿」
傍から見れば奇妙な構図だ。
主従が両手で押し合いをしている。
「いい加減に折れたらどうです? 言い逃れは通じませんよ」
「やかましい……平気だと言ったら平気だ」
宿場にたどり着いたとき、三成の様子がおかしいことに真っ先に気付いたのは、左近だった。
三成は腹が弱いから、長旅では気をつけないと、客地でものが食えなくなる。
本人が一番良くわかっているはずだが、今回は急を要したので、そこまで気が回らなかったのかもしれない。
「他の者が心配します」
「俺が大丈夫だと言っている」
「大丈夫じゃないでしょ。 そんな青い顔して」
「もとからこういう顔色だ」
「それなら余計に休息が必要です!」
あのね殿、と、他の主従ではありうべからざる口の利き方だが、彼らの間では日常茶飯事。
「殿がここで無理をして、倒れたときに困るのは殿じゃないんですよ。
俺や舞みたいな家老連中や、身の回りを世話してる小姓の衆が迷惑なんです」
きつい言い方かもしれないが、このくらいはっきり言わなければ、三成の直言癖には対抗できない。
しかし三成もなかなか頑固だった。 左近の顔を睨んだまま鼻先で笑う。
「フン、そのくらい俺がわからぬとでも思ったか。
結果として俺が大丈夫ならよいわけだろうが」
差し出た口を利くな、と唸るように言われて、さすがの左近もカチンと来る。
そうやって言い争いをしていても、三成の顔色は悪いままなのだ。
腹が痛いに決まっている。 三成の背がわずかなりとも丸まれば、それはもう合図だ。
「…ああそうですか。 殿がそこまでおっしゃるなら」
押し合いへし合いしていた手を緩める。
ようやく引き下がるか、と三成が気を抜いた瞬間。
「うわっ!?」
ぱっと三成の懐に入り、三成を体ごと肩に担ぎあげてしまう。
「実力行使に出るまでです」
「ばっ、馬鹿者!! ここをどこだと…!」
背中をボカボカと手加減なしで殴られるが、無視する。
「ええい、降ろせ! 降ろさぬか、馬鹿左近!!」
「くどい。 いいから、たまには言うこときいてくださいよ、殿」
従者が何事かと怒声のするほうを見る。
そして、てんでに笑ったり、呆れたりする。
共通しているのは、誰も左近を止めようとはしないことだ。
「殿のお加減が悪い。 今日は、このあたりで宿を取る」
承知いたしました、と、連れていた小姓が宿を取りに走る。
「…ッお前たちの主は誰なのだ…!」
戦利品のように肩に担がれている男が、よもやこの一団の主とは思われまい。
抵抗に疲れたのか、殴るのをやめた三成が、憤懣やるかたないといった調子で呻く。
「まあまあ。 今日は左近が添い寝して差し上げますから」
「……お前のようなむさくるしいのに添い寝などされたら、治るものも治らぬ!」
「あれ、なんです。 いつもは俺の腕枕ですやすやと…」
「やかましいわ!!!」
公衆の面前でしゃあしゃあと抜かす左近を、三成の怒号がさえぎり、それにいくつかの笑い声が連なった。