「三成さん」
「…………」
「…三成さん」
「…………」
「みーつなーりさん」
「…………」
怒ってるんですか、だと。
当たり前だ。
ああ、だがしかし…
俺が怒る筋合いでも、ないのだろうか、左近にとっては。
「……素直でないのは、どちらだ」
「……みつなりさ」
「この際だ、はっきり言え」
「…はい?」
「素直に、俺などなんとも思っていないと、そう言え」
「は?」
お前は優しい。 とても優しい。
俺の捨てきれない思いも、その深い懐で受け入れてくれていたのだろう。
けれどそれは、俺にとっては残酷以外のなにものでもない。
俺の恋慕ばかりが、闇に吸い込まれていくようで、苦しい。
いっそ突き放してくれ。
子供のお守りはもうごめんだと。
「お前にとって俺は、っ」
まとわりついてくるだけの子供なのだろう。
続けたかった言葉の前に、ぽろり、と、涙があふれて、頬から転げ落ちた。
悲しかったのか、悔しかったのか。
それとも、怒り、だろうか。
…何に対して?
俺が怒る筋合いなど、ないのに。
「三成さん」
俺の顔を見た左近が、急に怖い顔になる。
腕を掴まれて、手を上げられるのかと思ってとっさに目を閉じた。
が、衝撃は降ってこない。
かわりに、両側からきつく拘束された。
それは、左近の腕だ。 広い胸板が目の前にあって、うまく焦点が合わない。
「そんなこといわないでください」
左近は一度も、そんな風に思ったことはありません。
そう、優しい声でささやきながら、頭を撫でられる。
ささくれだった心が、それだけで潤っていく。
けれども。
「…だったら、あの写真はいったいなんだ!」
不自然に伏せられていた写真立て。
倒れてしまったのかと思い、何気なくそれを起こした俺の目に飛び込んできたのは、見知らぬ女性と幸せそうに微笑む左近の姿だった。
「あれは俺の妻です」
「……! や、やっぱり」
「離婚したんです。 ……ずっと前に」
「…え」
「三成さんには、話さなきゃと思ってました…。
でもずっと話せなかった」
俺を思う左近の気持ちにうそ偽りはないけれど、彼女は今でも左近にとっては大切な人に変わりはないと。
ただその愛情はもう昇華してしまっていて、俺に感じるような熱いものではないのだと。
「俺の優柔不断です。 どうしても、あの写真だけ手放せなかった」
「さこ…」
「でももう腹括りました。 三成さんが嫌だと言うならすべて忘れます。
あの写真だって、」
「っ、左近!」
捨てましょう、と言って、写真立てを掴んだ手を、俺はとっさに止めていた。
ちがう、直感的にそう感じた。
左近がくれた言葉には、隅々まで愛情が込められていた。
それが熱くて、苦しくて嬉しかった。
俺が望んでいたのはそれがすべてで、左近の大切なものを奪いたかったわけではなかったはずだ。
こんなに苦しげで、悲しそうな左近の顔は初めて見た。
それを見るだけで、俺まで悲しくなってしまう。
ましてや、そんな顔をさせているのが、俺だなどと。
耐えられない。
「違う、左近、違うのだ…」
「…三成さん」
「お前の愛した人を、捨てたりなどしてはだめだ…」
頭がごちゃごちゃになって、これがもう誰の悲しみなのか、誰のための涙なのかわからない。
ただ左近の腕にすがり付いて、訳のわからない悲しみに暮れた。
左近は言葉もなく、俺の髪を梳いてくれている。
写真立ては、もう手から離れていた。