「なぁスコールー」
答えはない。 バッツは気にしない。 いつものことだ。 へそを曲げるとスコールは長い。
「ウォーリアもさぁ、悪気があって言ったんじゃないと思うんだよなぁ」
そんなことはスコールだってわかっているのだろう。 ただ、耳の痛い正論には反発したくなる、というだけで。
「機嫌直せよー。 せっかくティナが作ってくれたシフォンケーキ、かたくなっちゃうぜ」
理性的な話し合いができない、という時点で、スコールがまだ子供だ、というのを露呈しているのだが。 なにも彼だけが悪いというわけではない。 ウォーリアも他の弟たちとは違い、スコールとの言い合いはやりづらいらしい。
まあ、もとが頑固な二人だ。 意見が食い違うとお互い意固地になってしまって、周囲がなんとかしないと、ひどいときには何日も冷戦状態になる。
スコールが閉じこもっているのは押入れだ。 バッツはその扉に背を預けて、あぐらをかいている。 十人もいる兄弟たちにそれぞれ個別の部屋など与えられるわけがなくて、寝室は女の子のティナ以外は三人ずつの共同なのである。 そのため、誰にも会いたくないときはみなトイレか、風呂か、押入れにこもる。
ときどき、リビングのほうからジタンやフリオニールが心配そうに顔を出す。 ウォーリアは、きっと部屋にいるのだろう。
ふう、と、あくまでスコールに聞こえない程度にため息をついた。 こうなってしまったスコールを引っ張り出すのは、いつもバッツの役目だ。 それがいやというわけではないからいいのだが、廊下が寒いので早いところケリをつけたいというのは正直な気持ちだった。
「なあ、スコール。 ウォーリアはさぁ、スコールのことが大好きなんだぜ」
ウォーリアはああいう人だから、好意や愛情は表に出づらい。 厳しいところが目立つから、同じように厳しいところのあるスコールは余計に反発してしまったりするのだろう。
けれど、ウォーリアは他の弟妹と同じようにスコールを愛している。 いや、自分と似た頑なで不器用なスコールに対しては、ことさら心配しているといえるかもしれない。
「お金のこととか、お前が嫌いで反対したわけじゃない」
それはお前もわかってるだろ、と、つとめてのんびりと言うと、中の気配がほんの少し動いた。
「お前がガーデンに入りたい本当の理由も、ちゃんとわかってると思うよ」
今回のウォーリアとスコールの喧嘩の原因。 それはスコールの進路のことだ。 スコールは、ここから少し離れたバラムにあるガーデンに進学したいと言った。
ガーデンは全寮制の士官学校だ。 最大の特徴は「SeeD」と呼ばれる傭兵集団を擁していることにある。 優秀な生徒はみなSeeDの試験を受け、プロの傭兵として各地で活躍する。
SeeDの評価は全世界でも高い。 それだけのエリート集団なのだ。 各地から、出向の依頼が来る。 スコールは学業の成績も身体能力も申し分ないほど高く、望めばきっとSeeDになれるだろう。 SeeDは20歳までしか在籍できないが、除隊のあとには出世街道が待っているし、SeeDを輩出した家というのも誉れを受ける。 家族にいい暮らしをさせたい、スコールがガーデンへの進学を望んだのは、そんな想いからだった。
だが、ウォーリアはそれに真っ向から反対した。 その喧嘩の一部始終を遠くから眺めていたバッツだが、二人とも肝心なことを言ってないと思う。 スコールは先にのべた一番素朴な理由であったところの「家族に楽をさせたい」というのを言っていないし、ウォーリアはウォーリアでろくな理由を言っていなかった。
「お前ならぜったいSeeDになれるよ。 けど、SeeDってのは、危ないところにも行くだろ?」
たとえば災害が起きたとき。 SeeDは真っ先に被災地に飛び込んでいって救助活動を行う。 まだ安全の確保されていない場所へ一番に乗り込んでいくことがどれだけ危険か、少し考えればすぐにわかる。
それだけではない。 もしも、どこかの国の紛争に巻き込まれでもしたら。 要人警護の仕事中に、ほんとうにテロリストがその要人を狙っていたら。
「お前が怪我したり、危ない目にあったりするのを見たくないんだよ、ウォーリアは。 お前のことかわいくてしょうがないんだから」
もちろん俺だってそうだぞ、と、小さく付け加えるのを忘れない。 扉の向こうの気配から、とげとげしさが取れ始めている。
セシルがいたらもうちょっと楽だったかも、と、バッツはふと思った。 同い年の「弟」は、大学を出てすぐ会社の研修で遠くに行ってしまった。 あと1年は帰ってこない。 彼はウォーリアや、もうひとりの兄であるクラウドの、ともすればきつい言い方の裏にこめられた優しさを他の人間に伝えるのが上手だった。 あの声で穏やかに諭されると素直に受け入れられるし、セシルがいると兄たちの口調も和らぐような気がした。
「けど、それでもお前がSeeDってのはとてもいい仕事だって思ってて、やりたいっていうんだったら、俺は応援するから」
きっと、兄もそうなのだろう。 夢を摘み取りたいわけではない。 ただ、心配なだけだ。
「明日でもいいから、一緒にウォーリアのところに行こう。 きちんと説明すれば、ウォーリアだってきっとわかってくれる」
返事はなかったが、かたん、と小さな物音がした。 扉の向こうから感じられていた怒りの気配は、もうない。
これで大丈夫だろう。 しばらくしたら、そっと物置から出てくるに違いない。 家族はみなスコールに優しい。 へんにいじったりせず、皆スコールの味方をしてくれるはずだ。
「……バッツ」
よっ、と軽く勢いをつけて立ち上がったバッツの背中に、ちいさく、声がかけられた。
「ん?」
「………ごめん」
それから、ありがとう、と、それはそれは長い間を空けて、ぽつり、とこぼされた言葉。
それを聞いて、バッツは扉の反対側で赤い顔をしているだろう弟に向かって、にっこりと笑った。
「いいって! お前は俺の、かわいい弟だからな!」
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おにいちゃん組(上から4人)は弟妹のことはかわいいかわいい×100と思ってると思う(みんな)
いまさらながら家族構成(すぐ上の兄弟との年齢差):
1. WoL
2. クラウド(4)
3. バッツ(2)
4. セシル(0)
5. のばら(3)
6. ティナ(3)
7. スコール(1)
8. ティーダ(0)
9. ジタン(1)
10. たまねぎ(2)
かぞえてみるとスコールって下からかぞえたほうが早いんだなァ…。
おかんがまんなかくらいという衝撃。