朝起きてみたら、一面の銀世界だった。
そういうものを目の当たりにした経験が、誰しも一度はある。 なくても、そういう情景が世界に存在するということを知らない者はそういない。
まさかこの世界にも雪が降るなんて、と、そこにいた誰もが思ったに違いないが、格別の冷え込みとともに、空は雪を連れてきた。
さまざまな世界の断片の寄せ集め、それがこの世界。 であれば、雪の降るほど寒い欠片が紛れ込んでも、たしかにおかしくはなかった。
ギヤマン張りの大きな窓の向こうで、深深と雪が降る。 夜半になってちらつき始めた風花は、瞬く間に質量を増し、やがてあたりを少しずつ埋め尽くす本格的な降雪になった。
セシルはそれを、飽きもせずながめている。 というより、うかつに動けないのだ。
左の膝にティーダ。 右の膝にオニオンナイト。 ふたりはセシルの膝を枕代わりにして、めいめいの姿勢でぐっすりと眠っていた。
居間の暖炉にはまだ火が入っている。 眠るふたりの身体にも、それぞれが持参した毛布がかけられてはいる。 それでもこれから外気は冷え込む一方だろう。 毛布一枚では心もとない。 ふたりが風邪をひいたりしないよう、セシルとしてはなにか、もう少しかけるものを持ってきてやりたかった。
が、オニオンナイトは半ば肩までセシルの太股の上に乗っかっているし、ティーダにいたってはそれが寝やすかったのか、セシルの膝頭に抱き枕よろしくしがみついている。 これでは立ち上がるどころか、少し身じろいだだけで起こしてしまいそうだ。
まいったな、と思いつつ、それでも穏やかな眠りの世界にいるふたりを起こすにはしのびない。 静まりかえった雪の夜に、無粋な物音を立てるのも、できれば避けたい。
結果、ソファの上でふたりを乗せたまま、じっと窓の外を眺めているのである。
キィ、と、扉の開く音がした。 静寂に配慮したように、そっと居間を覗いたのはクラウドだ。
「…まだ起きてたのか」
「クラウド」
身体を動かさないよう、首だけで慎重に振り返ったセシルの仕種を不思議に思ったのか、クラウドは足音をしのばせて近づいてくる。
背もたれ越しにソファをのぞきこんで、ぱちぱちと目を瞬き、そしてセシルを見る。
「…どういう体勢だ?」
「えーと」
ことのはじまりは、オニオンナイトのひと言だ。
「朝起きたら一面の銀世界」ということはよくある。
その、「みんなが寝ている間にこっそりと降る雪」を、一度でいいから見てみたい、と。
ロマンティックで冒険的な好奇心にティーダが目を輝かせ、ふたりでは心配だからとセシルも付き合い、結局ふたりは眠気に勝てずにギブアップしてしまって、この状態である。
「…子供みたいだな」
「でも、素敵だと思ったよ。 僕も」
小さくあきれたクラウドに、素直に思っていたことを言う。
ひらり、舞い落ちる雪を初めて見止めたときの胸の高鳴り。 真っ暗な空からはなびらのようなそれが、地上に降り立つその光景。
大事にしたい風景になるだろう。 そういう予感があったから。
クラウドの目がついと外を見た。 しばらく雪を見ていたその視線が、不意に柔らかく解ける。
「少し待っていろ」
そう言い残して、入ってきたときと同じく、クラウドは静かに居間を出る。 ややあって再び姿を見せたクラウドの両手には、厚手の毛布が数枚。
そのうちの一枚をセシルに手渡し、クラウドはソファの前へと回り込んだ。 オニオンナイトの肩を包み、ティーダの背中がすべて隠れるよう、細心の注意を払って毛布をかける。
そして自分は直角に置かれたふたつのソファのうちのもう一方に座り、最後の一枚を広げてひざ掛け代わりにする。
クッションに身を落ち着けたその顔は普段どおりに澄ましていて、それがおかしくてセシルは笑った。
「優しいんだ」
「…別に」
くすくすと肩を揺らすセシルにそっけなく返し、クラウドは窓のほうを向いてしまう。
照れ隠し、というほどでもないのだろうが。 暖炉の火は熾き火になりかけていて、部屋の隅から寒気がしみこみ始めているはずなのに、なぜだかとても暖かい。
窓から見えるバルコニーの手摺に、白くラインが上書きされつつある。
会話もなく、物音さえなく。 ただセシルの膝の上で、すこやかな寝息だけが聞こえて、外は雪で。
「…きれいだね」
「…ああ、悪くない」
息だけで囁きあって、ふたりはそっと、微笑んだのだった。