深夜、いや、むしろもう早朝だ。
そんな時間に、酒場兼食堂に飛び込むようにして現れたのは、解放軍の若きリーダーだった。
ビクトールが片手をあげて、彼を呼ぶ。
「おう、リカぁ。 そんな急いで、どうした」
「ああ、ビクトールにフリックか」
マリーがすかさず出した朝食をひったくる様にして、小走りでこちらのテーブルまで駆けてくる。
「なんだ、そんなに急いで」
「んー、いや」
ビクトールとフリックは、昨日の夜からずっとここにいた。
本当はサンチェスやらハンフリーやらも一緒にいたのだが、トイレにいったりちょっと席を外したりしている間にいつの間にかいなくなってしまった。
結果、そういった駆け引きにとことん弱いフリックだけが、底なしのビクトールにいつまでも付き合わされる羽目になっている。
「寝坊した」
「寝坊~?」
「ああ」
言いながら、育ち盛りの年頃の身体に、焼き上げたばかりのベーグルに肉やら野菜やらを挟んで詰め込む様子は、なんだか在りし日の自分を重ねるような心地でやけに懐かしい。
「二人は何? オールナイト?」
「ん、ああ、ちょうど新兵の選抜が終わったところなんでな」
「そうか…そりゃ、お疲れ様だったね」
思い出したように食べ物をかき込むが止まり、リカは二人を見てしみじみとそう言った。
「まあ、それが俺たちの仕事だしな」
「いや…大事な仕事だ。 これでまたずいぶんと楽になる」
言葉の一つ一つに力があるのは、リカの一つの才能だろう。
リカが考えて発した言葉に、重みのないものはひとつもない。
「ありがとう、助かるよ」
相変わらず口に食べ物が入ってはいたが、改めて自分たちのリーダーにそう言われると、ビクトールもフリックも、自分より一回りも年下の相手にもかかわらず、つい恐縮してしまう。
「いや…そんな大したことはしてないさ」
「ところで、お前はこんな早い時間からどこに行くんだ?」
「ん?」
さっき食べ始めたばかりと思っていた朝食が、いつの間にか片付いている。
尋ねられたリカは、皿を重ねながら口の周りを拭っていた。
「これから大森林の方に行くんだ、ドワーフの長老に話があって」
そのあとはとりあえずエルフの村に行って復興の状況を見て、あとカクの志願兵とセイカ以北の状態も見てきて、いったん城にはもどるけどそのあとはアンテイまで視察に行く…。
ずらずらと並べられた本日のリカのスケジュールは、まさに一国の主に等しい分刻みの行動だった。
補佐もいないのにそれをそらんじるリカにも、そのハードなスケジュール自体にも、二人は唖然として言葉を失った。
「んだから、そう、こんなところでくっちゃべってる場合じゃないんだ。
マッシュに怒られちまう」
よし、俺行くね、と、あっという間に立ち上がって風のように入口へと駆けていく。
自分たちのもとへ寄ったことすらタイムロスだったのかと訊きたくなるほどの勢いだ。
残されたビクトールとフリックは、嵐の後のように呆然と、リカを見送る。
入れ違いに誰かとぶつかりそうになって、リカがごめん、と謝った。
誰かと思えば、相手はカスミだ。
ぶつかった相手がリカだとわかり、カスミは途端に真っ赤になって飛び退いたが、下を向いた視線が何かに気づいたように上げられる。
次の瞬間、すでに階段へと向っていたリカに向かって、かつて解放軍の誰もが聞いたことのないような、カスミの叫び声が響いた。
「リ、リ、リ、リカ様ッッ!!
…く、靴下の色、片方違ってます!!!!」
ええええ、という叫び声の後、派手な衝突音が響く。
その場にいた誰もが、リーダーが遭遇した大惨事を思いやって首をすくめた。