ユキさんとリカが珍しく起きてこない。
あの二人に限って何かあるってことはないだろうけど、なんだか心配になったので、僕はシュウに断って二人の部屋に行ってみた。
シュウは「なにもあなたが行かずとも」と渋い顔をしていた。 でも、こういう心配事に関して「百聞は一見に如かず」を押し通している僕だから、結局行かせてくれた。
二人の部屋のドア。 一応ノックをして、声をかけてみるが、返事はない。 押してみたら簡単に開いた。 鍵をかけてないのだ。
「ユキさん? リカ?」
いくぶん抑えた声で名前を呼ぶと、向かって左側のベッドから――あれ?
右側のベッドはユキさんのベッドのはずだけど、まるで使った形跡がない。
おかしいな、と僕が思ったとき、左のベッドから人がむくりと起き上がった。
それはリカ――の、はずなのだが。
「あれ、マコト…」
掛け布団から現れたのは、金髪だった。 リカは金髪じゃない。 金髪なのはユキさんだ。
うーん、と伸びをした後、僕の方を見てきょとんとしたユキさんだが、疑問があるのは僕も一緒だ。 なんでリカのベッドで寝てるんだろう…?
僕が何かを言う前に、あ、とユキさんは声を上げて、ちょっと寝乱れている頭に手をやった。
「もしかして、俺たち寝坊したのか?」
「え、あ、ええと…そうですね」
…いや、僕にはそれより気になることがあるんですけど…。
そんな僕を尻目に、ユキさんは後ろを振り返った。 どうやらそこには、リカが寝ているらしい。 ベッドの本来の主だ。
ユキさんは後ろ手をつくと、まだ覚醒していないらしいリカの耳元に顔を近づけた。
ユキさんのくすんだ金髪が、リカの顔の上にしだれかかる。
……って、なんでそんなに近づく必要があるんだろう!
ほとんど唇が触れそうな距離で、ユキさんは「リカ、朝だよ」と言った。 無論、そんな距離なので、声はささやき声に近い。 僕はわけがわからずどぎまぎしていた。
ユキさんはたいそう顔がきれいだ。 男の僕がみても、なんの疑問も持たずそう思う。
ちなみにリカはリカで、それなりに整った顔をしている。 つまるところ、美少年に分類される二人がそんなアングルだと、女の子でなくても心臓に悪いのだ。
リカが身じろぎをした。 起き上がるリカにあわせて、ユキさんも身体を起こす。
いかにも寝起きですといった風の目をこすると、リカがぼんやりと僕の方をみたので、慌てて僕はリカに挨拶をした。
「おはよう、リカ」
「ん……おはよ、マコト」
「ほら、支度支度。 寝坊らしいぞ、俺たち」
笑い含みの声でそう告げて、ユキさんはリカの手をすくう。 そのまま、手の甲にちゅっと軽い音を立ててキスをした。
………って、何それ!!!?
あまりに自然体で行われた動作に、僕はあやうくそれを何でもないことのように流しそうになった。 が、どう考えてもそれは普通の友人同士がするしぐさじゃない。 あえて言うならば、いわゆるその、……恋人みたいな!
頭の中で盛大に突っ込んでる僕をよそに、リカはユキさんの突然の行動にも驚いた様子はない。 そのまま少しだけ眉をひそめると、抗うように手を翻した。
そして言ったことといえば、
「…よせよ…人前で」
……ちょ、ちょっとまって!!!
ひ、人前でって、どういうこと!? 人前じゃなければいいの!? いいのか!?
前々からちょっと、怪しいなとは思ってたけど、二人ってやっぱりそういう関係なの!?
大混乱している僕は、しかしとりあえず、なんだか自分がお邪魔虫みたいだってことだけは理解した。 いや、そんなことないんだろうけど、この雰囲気の中にどーんと突っ立ってるのは、僕は辛いぞ。 はっきり言えば逃げたい。 当初の目的は果たしたし、いいよね、これ僕、敵前逃亡じゃないよね!
「あ、えと…じゃ、僕、シュウのところに戻るから…」
というわけで、無駄に甘い空気にあてられるようにして、僕は二人の部屋からそそくさと退却したのだった。
「で、どうしたんだ、あの二人は」
あきれた顔で訊いてきたのはフリックさんだ。 無理もない。 僕だって訊きたい。
昨日の一夜に何かあったとしか思えない、今日の二人はなんだかやたらにいちゃいちゃしている。
その横で、いつもの通り尊大な仏頂面を晒しているのはルックだ。 たまたま居合わせただけの僕たちだけど、ルックとフリックさんは解放戦争のよしみなのか、割と話をしているのを見かける。
さあ、と首をかしげた僕に、ルックがフン、と鼻を鳴らした。 人を小ばかにしたような態度はいつものことなので、もう気にならない。 フリックさんも似たようなものだ。
けど、なんだか今日すごく不機嫌じゃない? ルック。
「ルック、なんか知ってるの?」
「気が付かない君たちがいっそおめでたいよ」
え、何それ。
顔を見合わせた僕とフリックさんに、付き合ってられないとばかり、ルックはひらりと衣を翻した。
「今日の日付見てみれば」
今日の日付? …………あ。